月夜見 
残夏のころ」その後 編

    “季節の変わり目でもあって”


途轍もない極寒だった冬が、
弥生の声を聞き、そろそろお暇ましようかねぇと腰を上げつつ、
だがだがなかなか立ち去らないのも例年のこと。
暖かい春の気団が北上して来るものの、
なんの まだまだ居座るよとお尻が座ったままなので。
双方がどかんとぶつかってのこと、

 「嵐もどきの大風が吹くのもまた、
  この時期にはよくあることで、
  別段珍しいことではないはずなんだがな。」

ただ、こうまでの…台風並みのが吹き荒れるというのは、
さすがに珍しいわなと。
着慣れておいでのそれなのだろう、
よくよく馴染んだ濃紺の作務衣を
実は屈強そうな上背へ粋に着こなす、
一見 何か武道の師範のような初老の老師が、
それは美味しそうに煎茶をすするのへ。

 「…………はあ。」

そうですかと続けると、それはそれで生意気かも知れんと思ったか。
溜息の出来損ないのような相槌を打った、
短髪頭の姿勢のいい青年が、
庭へと向いた座敷に上げられ、向かい合っての正座しておいで。
師範のようなと言ったが、実際の話、
今でこそ引退し、甘味処の隠居で通してなさるとはいえ、
実をいや、まだまだその筋では名を知られた剣豪のおじさま。
そして、知る人が多いほど、
滅多なことじゃあ実際に刀を合わせる機会もいただけぬ、
それはそれはの有名人だというに。
それだけ将来を嘱望されているものか、
最後の直弟子とまで言われておいでなのが、
こちらの高校生、ロロノアさんチのゾロくんだったりし。
今日は春分の日で祭日とあって、
本来ならば、いつものバイト先に出向いていたはずが、
朝早くにかかって来た電話、しかもバイト先の店長からという代物により、
何でだか、こちらの甘味処まで行き先を指定されてしまっている辺り。

 “…そういや、あの店長。”

あの赤髪のお茶目な壮年もまた、
実はこちらの老師に師事していたとかどうとかで。
その縁もあってか頭が上がらない…という話を、

 “ルフィが言ってたような。”

………お。
おやおや、お兄さんたら、
いつもは“です・ます”使いの先輩扱いにしてるくせに、
しかもそれを“やめろよぉ”と嫌がられているくせに。
なんとモノローグでは呼び捨てちゃう系ですか? このこのぉvv

 「……それで、どういう御用でしょうか。」

聞こえない振りが却って肯定になっているような。
ま、それはともかく。(大笑)

 「いやなに。
  花見が前倒しになったんで、ウチも忙しゅうてな。」

東京では急な夏日の到来を受け、桜が例年以上の早咲きで。
何と彼岸の最中に開花宣言されており、
このままだと、お堀端だの上野公園だのでは、
三月中に満開を過ごすんじゃなかろかと言われてもいるほど。
今日もなかなかにいい陽気で、
一足早い花見に繰り出す人もいるくらいと、
テレビのニュースでもしきりと言っており。

 「赤飯や団子だけじゃない、
  花見用の野点の菓子も前倒しになっておるので、
  少しでも心得のある者は厨房への総動員でな。」

かくいう老師もその一人なのか、
作務衣のお膝の横には
和風のそれだが長くて大きい前掛けが畳まれてある。
このご対面が済み次第、彼もまた厨房へ向かうらしく、

 「そこでな、お彼岸用の配達をお主に頼みたくての。」
 「…はい?」

甘味処としても有名な店ゆえに、
やはり赤飯やおはぎを結構な数だけ注文されており。
専任のドライバーたちだけでは
昼までという指定のあるものが間に合わないのだとかで。

 「案ずるな、
  市内のご近所のばかりを集めてあるから、
  方向音痴のお主でも大丈夫。」

 「お言葉ですが、方向音痴は治りました。」

じゃあなけりゃ運転免許は取れませんと憮然としつつ言い返せば、
レイリー老師、豊かなあごひげを
大きくて頼もしい手でごしごしとしごきつつ、
おやぁと小首を傾げてみせて。

 「そうであったかな?
  時々 カーナビが上書き不能状態になっとるそうだが。」

 「う…。」

意外な相手からの、
お約束のおちょくりが挟まったところで、

 「迷子になられては洒落にならんのでな。」

まだ言いますかというお言葉に、
うぬうと唸りかかった剣豪青年の膝横で、
こそりと握られかかった、
こちらさんもなかなかに頼もしい拳が、だが、

 「……っ。」

ぐうになり損ねて空中分解。
というのが、

 「レイリーのおっちゃん、俺は何すりゃあいいんだ?」

春めきの利いた明るい陽に照らされ、
風情のある木々の配置もどこか朗らかに見える庭先へ、
そりゃあお元気そうな声が飛び込んで来て、

 「…え? ありゃ、ゾロだ。//////」

向こうもまた、用件は後づけという格好で呼び出されたらしい、
同じバイト先で頑張っている可愛らしい先輩さんが。
お天道様に負けないほどの笑顔つき、
溌剌としたお声に続いて飛び込んで来たもんだから。

 「えっとその、道案内だけでいいっすよ?////////」
 「そそそ、そっか?////////」

たちまち含羞みに顔が赤くなる二人だったのへ、
おやおやと、苦笑が絶えなかった老師様。
気が利いているやら、それとも想定外だったか。
甘い甘いおはぎに負けない甘い道行きになりそうですねと、
こちらも早くにほころんでいた、盆栽鉢の梅が、
陽向で緋色に微笑んでいたそうな。






   〜どさくさ・どっとはらい〜  2013.03.20.


  *お彼岸2連発です。
   つか、こっちは朝から曇天で、昼は雨なんですがね。
   東京では早めに桜が咲いてのてんやわんやだそうで。
   入学式の頃は もはや葉桜かもしれないそうですが、
   いいお花見が出来るといいですね。


ご感想はこちらvv めーるふぉーむvv

bbs-p.gif**


戻る